和尚のひとりごと “秋の豊作を祝うお祭りに思うこと”
月日が進み行くのも本当に早く、
今日から十月の神無月を迎えました。
日本各地、
豊作を祝うお祭りが執りおこなわれる季節、
今日から本格的に秋を感じる日々が続きます。
あまりにも豊かすぎる現代社会、
お祭りを始めた歴史の一ページを開いてみると、
きっといろいろな思いや、
生死を感じる出来事を背景に、
生きてる喜びを爆発させてのではないでしょうか。
食べ物が収穫できなければ死を意味する時代、
とくに小さなお子さまは抵抗力もなく、
その現実のなかたくさんの悲劇があったことでしょう。
今の時代になって
私がお祭りを拝見させていただいて思うことは、
ただ単にお酒を飲んで騒いでいるようにも見えます。
もちろん
すべてのみなさまがすべてではありませんが、
心から氏子として神を奉り、
心棒する方々がどれだけおられるのだろうかと思うのです。
住んでいる町の鎮守さまとして神を崇め、
あるときは神を恐れ、
神の教えを守り生きていく姿が
本来の氏子のあるべき姿ではないかと思います。
私は残念ながら
神道ではなく仏教のご縁で生かさせていただいておりますので、
神事に参加して喜びを表すことはありません。
だからこそ
一僧侶として偉そうなことは言えないのですが、
せめてお酒に乗じていざこざをおこさず、
参加される氏子のみなさま、
その様子を見学されるみなさまが
楽しく過ごせるものであってほしいと思います。
自分自身をコントロールできるお酒ならとても美味しくいただけますし、
自分のコントロールを忘れてしまうようなお酒なら、
お酒の味もわからないもの。
秋の豊作と生きている喜び、
自然への感謝を心において、
氏子さまには、
これから執りおこなわれる
各地のお祭りを迎えてほしいと思います。
今年の秋もこうして生きている、
なんて幸せなことでしょう。
その喜びをお囃子の調べに乗せながら地元の鎮守さま、
神さまに礼拝です。
秋のお祭り…いいものですものね、
露店の揺れる灯りに誘われ、
まだまだ
これからの秋の夜長をお過ごし下さいませ。
さてさて、
そんな賑やかな風がとどいてこないお寺の境内、
今日はどんな人がここに座り、
自分さがしの時間を過ごされたことでしょうか。
お祭りが終わりましたなら、
氏子さまであっても、
たまにはお寺に足をはこんで下さいね。
『生きているいまをどう生きる』
神も仏もそれは同じであると信じていたい私ですから…和尚のひとりごとでした。
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